人魚姫のお話

この前、ふと人魚姫のお話になりました。

なんでかっていうと「歌の話」からそうなりました。
哀しいよねえと。最近そういう昔のお話のことを
話するのが好きなんです。

ちなみにwikiを読み返していろいろと再確認して

びっくりしました。

人魚姫

歌がうまかった人魚姫が

あるとき難破した船に乗っていた王子を助けます。

一目ぼれしてしまい、砂浜に運ぶところまで尽くします。

でも王子はそのあとで偶然そこに来た別の女性が助けてくれたと勘違いします。

魔女に声を奪われることや、王子に愛されなかったら海の泡になると言われても、
魔女の薬を飲んで
声と引き換えに痛む足を手に入れて
王子様に逢いに行くのですが
王子に愛されたら人間として生きられるが
声がないために交流できず

また手に入れた足も激痛が走るという二十の苦しみを与えられます。

結局王子様は、最初に海から助けられたのが別の女性と勘違いし、その女性(どこかの国の王女)と結婚。


振られて海の泡になります。

う~む。

なんのための努力だったのかとなんとも悲しいですね。

このように

「なにかを得たいがためになにかを犠牲にする」ということは
多くの事例があるし、そういうものだと言うふうに言われます。

どっちも欲しいなんて、わがままだよと。

それと逆に、欲しいものはうまくどちらも
手に入れられる人もかなりじつはいます。

 

私は、人魚姫は悲観的な部分があったから
おそらくこういう結果が待っていたようにも思います。

それと、足と声を引換にするにしても王子の下調べも何もしていないただのひとめぼれだけで、王子が素敵と信じてしまっている(おとぎ話だからしょうがないけど)

足がなかったら愛されない。
と。(本当にそうかなとこれこそおとぎ話だから私は考えました)

自分よりもずうっと経験値のある魔女からほぼ無理といわれたのに、

それでも恋心からチャレンジを図ります。
足、これさえ手に入ればうまく行くんだ。
と。思ったのですかね。

そこで安心してしまい、
声がないのならどうやって交流をしていけばいいかまで
考えずに行動しちゃったのですな。

全く逆算思考のない、思い込みの強い
タイプ。

声がないならどうやって自分が王子を助けたのか伝える方法を学べばよかったね。

 

でも、ポジティブ人魚姫だったら違うんじゃないかなと。

まずは、

歌のうまさを使って海で偶然王子と出会うふりをする。

とか

半身だけ海から出して、アピール。

さらに

船を難破させて、王子を救い出す。(のも全部手管w)

そして岩場で目覚めた王子に

「あなたが人魚になったなら会ってあげてもいいわ」
と捨て台詞をキメ、海の中に颯爽と消える。。

あんな女性に会ったのは初めてだ!(ディズニーの王子さま特有の思考)

一目惚れした王子は悶々とした日々を過ごし
魔女に逢いに行く。

「人魚になるにはどうしたらいいのですか?」

この話の方が面白いが、、、

哀愁感はないね。。。。。

ファドには人魚が出てくる曲もありますよ。

私も歌いますが、この歌です。

でも船乗りに恋をするのは、ここに出てくる

正体がわかりませんが主人公の女性で、

ものすごく嫉妬深い性格をしています!(おそらく)

カルミーニョのこの情念こもった哀愁の歌声。

まさに、人魚姫のかなわぬ恋のようですね。

 

 

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asaimasako

MACHAKO(浅井雅子)です。ポルトガルの大衆音楽ファド(FADO)を歌っています。 行動力と溢れ出るパワーで生きています。フラメンコ・サンバ・サルサも大好きです。ギターとパーカッション命。好奇心いっぱいに生きてます。