戦友であるファドへ

昨日2/5は私の人生の折り返し地点ライブでした。
一歳になりました。

平日の夜に集まってくださった皆様本当に
ありがとうございます。感謝がつきません。

まず、この10年間のファドへの思いを語らせてください。

 

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ファドをうたい初めたその頃は
色々なことが毎日気持ちを揺さぶって
地底にずうっとフツフツしているマグマのようでした。
でも今は地上に出たどころか
山の上で、いい景色を見て、
私は山々を駆け抜けるこだまのように叫び、歌っている。。。

昨日集まってくださった皆さまから
「そこまで来れて本当に良かったねーーーー」って言われたこと。
ほんとにそう言っていただけて、
心からありがたかったです。

今日また、それを噛み締めているのです。

ファドに出会った2007年が激動すぎて
感情も何もかも
「全くそれまでの自分ではなくなった」ような
1年でした。

言いたいこと言えなかった。
やりたいこともできなかった。

この二つでずうっと潰されそうだった頃。

2007、2008、2009年
特にこの3年間は、自分でも最大値に
必死に脱却のために動いて
行動も気持ちもギリギリで、
でも「ファドとともにひたすらに生きてきた」のでした。

まるでファドが一緒にヘルメット被って
戦地での弾を避けて、痛いのも分かち合って
それでも負けずに這いながら進んで行ったような、
大げさではなく私の
魂の戦友のようなものです。

そんなことを
思い返しましたが、
昨日歌うときは、そんなことが
すーーーっと
なくなったようになぜか思えました。

それだけ
「今が幸せということなんだ」と
この10年で強い声になったわたしが、歌いながら思いました。

このライブに至るまで10年間
乗り越えねばならないことがあって、
それをきちんと逃げずに
向き合い必死に乗り越えてきたからだと思います。

大切なものを探し続け探し続けて
ようやく見つけたのだと思います。

新しい巣を
作り終えたツバメのような気分なのでしょう。

ツバメは羽根を癒しました。

もう思い切り、新しい巣から毎日毎日
空に向かって
旅たっていいんだよ✨

自分に言いたいです。

でもそれはやっぱりマグマ時代があってこそ。
今でもその時の苦しみと悲しみの日々のことは「私の低音」に生きています。

ファドを歌うのに一番必要な音は
低音です。これは真実です。

でもわたしにはそれだけではなく
10年で、楽曲の幅と
キーの上下が驚くほど成長しました。

声もこんなに真っ直ぐに強く変わって、
自由に出ることでお客様から
聴いていて本当にストレートに響き、
地声なのに綺麗。なんて気持ちがいい。
と言われるありがたさ。

普段の自分の声もよくなって、
色々な気持ちもよくなって

あの頃言いたかったこと
できなかったことが
自然に言えたりできるような
声もその他も下地が出来て。

それが私を支えています。

それはやっぱり
歌の元祖である「ファド」でなかったら
できなかったことなんだと思っています。

それに皆さんが応援し続けてくれなかったら
絶対にここまでやれなかったんだろうなと
今日、しみじみと思っています。

心から、ありがとうございます。

いつか私のようなさまざまな苦しみから
解き放たれる方が
ファドに出会って同じようになってくれたら嬉しい。。。。
いや、そうなって行くように歌いたい。

そう言う力がある
本物の、運命の歌です。

信じられるもの「ファド」を人生で掴みました。

ファドは救います。
明日への
未来への
あなたの生き方に寄り添って
ある時は戦友であるように

ある時は山の頂上で一緒に
美しい景色を見ながら光るこだまを放つように

あなたに寄り添います。

ありがとうございました。

ライブの様子は明日、upさせていただきます。


マチャコ

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ポルトガル大衆音楽ファドを歌い、南国の熱いキューバダンスを踊る。ラテン界のチャレンジャーMACHAKOからの皆様への声とココロとカラダに役立つ情報をお届けしています!

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ABOUTこの記事をかいた人

asaimasako

MACHAKO(浅井雅子)です。ポルトガルの大衆音楽ファド(FADO)を歌っています。 行動力と溢れ出るパワーで生きています。フラメンコ・サンバ・サルサも大好きです。ギターとパーカッション命。好奇心いっぱいに生きてます。