できないといえる勇気

楽しみに計画していたことが

出来なくなった時

残念ですよね~。

 

でも。

相手に素直にごめんなさいって言われたら許せますよ、私は。

だけどこういった約束だけじゃないんですけど

「こうする」といったことを

いつまでもやらない人は、いや。

 

じゃあ

やるといわなければいいし

むしろ

できないと言ってほしい。

______________________________

 

「自分のこと」ならいくらでもいい。

「自分ひとりのこと」ならいい。

「自分だけ」にかかる責任なら。

 

どうぞ一人のことなら言ってやらないでいたらいい。

 

例えばですけど、

そうだなあ

 

言ったのにできてないdiet

言ったのにできてない禁煙禁酒

言ったのに行ってないジム

色々ありますね。

すべて自分のせいですよね。

でも生きてたらそうじゃない。

それは

「自分のこと」かもしれない。

でも、それらが、

こうなることもあるということ。

言ったのにできてないdiet→ それによって病気になり家族が心配する

言ったのにできてない禁煙禁酒→ それによる健康を害することで家族が心配する

 

などなど。

 

こんなふうに自分の周りの人を巻き込んでいることも

本当にあるの。自分だけの問題じゃないということが。

 

だから

ちゃんと謝れたり

できないと言えたり

こういう行動ができるほうが実は

勇気がある証拠。

断れる勇気です。

 

 

やるよ~

とか

できるよ~

とか

いこうよ==

とか

いつかね~~

とか

っていうのはほんと簡単

そうやって相手を期待でコントロールしている。

でも

謝ったり

できないといえることは

まったく簡単じゃない。

自分が責任をとっているから。

断ってもなお、

その人との関係を保つわけです。

そこに今までの積み重ねた

信頼とかちゃんとあるかどうかなんです。

だから自分の言葉に責任がある。

相手を思いやるというのはどういうことなのか

ここで見抜けるんだなと最近私は思います。

 

本当にいい人ってどういう人でしょうね。

「自分にできることできないことをきちんと

知っている人」じゃないでしょうか。

 

 

自分はこんなじゃない

もっとできるはずだ

 

 

これも「自分ひとりのこと」ならば、いくらでも

ひとりでやればいい。

 

でも、それによって周りが巻き込まれ

傷ついたり、一緒に進まないことや、などが

あることを考えて

 

プライドを捨て

謝ったり断ったり

きちんと、できるのがやっぱり大事なんだと思います。

謝れない人って、

今まで見てきた感じですけど、

本当に自分自身を守るのに

必死

自分のことはどんなことあっても

守り抜くんですよね。

悪くない悪くないって、、、、、、

 

そんなわけないですよ。

だって

涙を流して

悲しんだり傷ついた人がいるので、

 

どんなに自分を守ったところで

かなり悪いです。でも認めないんですね・・・・

あと

無理なこと必死にされても、あんまり嬉しくないよね。

 

でもちょっと頑張ってくれるのは嬉しいです。

 

無理=頑張りと勘違いしている場合も

多くあるんですよね。

 

自分らしく

自然に

そのままで

ちょっと頑張りたいって思えることを楽しんで実現していきたいよ。

 

できることを客観的に見つめて

できなくても謝って、

目の前にいる

相手を大事にしよう。

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ABOUTこの記事をかいた人

asaimasako

MACHAKO(浅井雅子)です。ポルトガルの大衆音楽ファド(FADO)を歌っています。 行動力と溢れ出るパワーで生きています。フラメンコ・サンバ・サルサも大好きです。ギターとパーカッション命。好奇心いっぱいに生きてます。