察する力は大切なのか?

久しぶりのマチャコ思考カテゴリーでございます。

最近考えていること

察するって本当に必要なことなのでしょうか?

 

 

私なりですが答えにだいぶ行き着いた気がしています。

私の答えは

自分自身に起きそうなことに関してはどんどん察して行きチャンスを掴むべきであり

他人に関しては察することは程々に、で良いのではないかというものなんです。

 

 

こうなんじゃないだろうか、

ああなんじゃないだろうか、

あの人ならこう考えるんじゃないか、

こういう経験があったんだからこうなんじゃないか、

それがポイントをつくと

 

気が効く人になる効果ではありますが、

 

度を過ぎれば

もうそれ全て

 

実は考えている方の

勝手な思い込みであることが多いなって、

そんな仕組み、わかってきました。

しかも

 

考えてる時間が

 

なんか少々

 

行動を抑えてしまうので

無駄。

 

こういう無駄な事を散々っぱら繰り返して生きてきたけれど

全て自分が自分の中で起こしてきていた。

 

もうそろそろ辞めようかな。

って思えてきたのでした。

 

他人の顔色を伺うということ

察するというのも

 

実は非常に似ている。とも気がついてしまいました。

もちろん悪いことばかりではなく、

できることで喜ばれることも

多いけれど、この能力、それよりずっと

大事なことがある。

 

それよりも

 

確固たる自分を持つことの方が

 

何百倍もこれからは大事ではないだろうか。

と気がついてしまいました。

自信をもっと持つこと

 

揺るぎなく信じること。

そうであれば察するなどという小さな事を気にすることもなく

 

生きていける。

 

察する能力が高すぎる日本人女性です。

気を使って、気を回して、いらんことばっかり考えて

地雷も踏んで、むしろ考えすぎと言われることもあります。

余裕がないのにそれをするからです。

 

わたしもこうみえてそうでした。

 

なので4月になったことだし

もう察するを卒業していこうと思います。

なぜならだいぶもう、

付いている能力だから

そして

何より自分が一番気に入らない察する問題というのは

 

察するものばっかり集まると

 

実は

 

「物事が全然進まない」

という弊害をたくさん生み出していることもわかってきました。

 

 

ワンマンではない

 

でも察してばかりいるのではない

 

自分の考えや行動を更に信じる人。

 

を目指すことにしました。

 

さあ、わたしには何が足りないのか、

ポンっと浮かびます。

人生には時間は有限。

 

それがわかっていること

変えようと思っていること

 

絶対にもっともっと、

人生に効き目があるよう

 

自分自身は変われるはずです。

 

★今日のチャレンジ

 

自分のためにも察していることの時間は減らして突き進め

 

確固たる自分へ

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