身体が固かったら踊れない?太っていたら踊れない?

〜身体が固かったらダンスは踊れない?太っていたら踊れない?〜

新年ですから、しばらくはどんどん可能性を高めるような内容のブログを送りたいなと思い、私が克服してきた歌と踊りのことについてシェアすることにいたしますね。

私は子どもの頃からダンスが大好きで、もちろん歌手の振りマネとかも
好きだったんですが、どちらかといえば、自分で振り付けを作りたくて、小学校の
演劇部での劇の振り付けや、ピンクレディのレコードのB面に自分で考えて動きをつけていました。

ただ、私が小さい頃は今のようにヒップホップやジャズダンスもありませんでした。
(あったのは、歌手のバックダンサー)なので、あんまりダンスそのものに興味が深まらなかったんですね。

高校生の時に、フラッシュダンスや、他、ダンス映画、またダンス漫画(ダンシングゼネレーション)が始まり、それをみて、読んでだんだん踊りに興味が深まり、
まずはディスコに行くようになりました。
徐々にダンスに興味は持ちながらも、体が硬いし、体型のコンプレックスもあったので

まさか自分が今の仕事に就くとは、一ミリも考えもしませんでした。

ところが幼稚園教諭時代に自分のクラスのお遊戯会の振り付けや生徒の踊りが
出来が良すぎて(笑)年中組担当だったのですが「年長さん以上に上手い!」
と評価を頂いたりして、

もしかして私は本当にダンスの振り付けの才能あるんじゃないかな。

と私の脳が勝手に反応を始めました。

なので22歳から、随分遅いデビューでヒップホップを習い始めました。

その後
1ヶ月に50レッスン以上を日本で受講し、
3年後はNYに通いながら様々にダンスをみて、
踊って、学んで、振り付けが作れるようになり、
音楽、リトミック専門学校のダンスのインストラクターになりました。
その後、ミュージカルの振り付けや、ダンスチームを運営後、
キューバダンスに出会い、今までキューバダンスのインストラクターとして
指導をしています。

今よりは当初は随分と体重は少なかったですが
周りに比べたら、ずうっと私は太かったし、
足も上がらないし、決してそんなにうまいダンサーではなかったと思いますね。

ただ、おそらく他と違うたった1つのことがありました。

それは団体に入っても、私は必ず目についている生徒だった。と言うこと。

特にNYでのラテンダンスレッスンなどでも、見本として取り上げられたり、
ほかの生徒よりも先生から個別に指導を受けていたように思います。

また、振り流れがわからない人に教えてあげてほしいと先生に頼まれたり、
早くいって、わからない人には伝えていました。

しかし運命の出来事が起きたのはやはり初回のニューヨーク。
滞在中に足の筋肉を切ってしまって、
突然最終5日間くらい踊れなくなったんですが、
足を引きずって私は毎日、
スタジオに通い、朝から晩までさまざまなレッスンを
「ガラス越しに見ながら先生の振り付け
を盗んで」いました。

ノートにはたくさんの先生のストレッチの仕組みや
振り付けの方向性みたいなものを書き溜めて、帰りの飛行機ではそれを見ながら日本に帰り着きました。

その約2年後には、
なんと自分はダンスの生徒を持っていたんですね。

親や友人からは
ちょっと無理だろうと思われていましたし、

それでもわたしには情熱があったので、
必ずできると信じていましたが

実は、それが本当にできると思える出会いが
最初のNYであったんですよ。

それは、足も怪我して踊れず、
毎日ブロードウェイを見ようと、格安チケット売り場で並んでいる時に
出会ったおばあちゃん。ジョイスとの偶然の運命の出会い。

このジョイスとの出会いこそが、わたしのダンスで仕事を得るにあたる大きな
第一歩となったのです。

わたしとジョイスはその後何年も交友関係を続けましたが

最初のチケット売り場での15分くらいの会話で
わたしはなぜか、弱気になって

わたしなんかがダンサーやれるんだろうか、インストラクターになれるんだろうか
と彼女に言ったんです。

その時に

何を言ってるの。やりたいならやりなさい。
あなたにはそれがやれるものを感じます。必ずあなたはやり遂げられます。

と出会ったばかりなのに、わたしに言ってきたんです。


アメリカ人らしいその励ましや、
You can do it 精神がわたしに宿ったのは、

やはりニューヨークという本場に行くという
行動があり
足を怪我したから。

不思議ですが、この2つの行動によって
ジョイスに出会い、
わたしはそこから今まで、なんと25年間も
「休むことなく踊りを続けられている」んです。

ヒップホップ
ジャズダンス
アフリカン
ラテンダンス
フラメンコ

身体が固いことや太っていることがダンサーになることができないんじゃなくて

「できるのかな、と自分を疑うことが、それを阻んでいたのだ」
と気がついた瞬間でした。

足を怪我しようと、毎日スタジオに通い
振り付けを盗んだり、頭の中で踊るくらいの
気合いがある私は、

帰国後にさらなる、とある行動を起こします。

 

続く

 

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