もしかして、音痴かも?  その1)なぜいつまでも音程が安定しないの?

「音痴かも?」って思ってる人すごく多いんじゃないですかね。

では、なぜ

「音痴かも?」のなぜ?がつくのかわかりますか?

 

 

ちょっと考えてみてください♪

・・・・

・・・・

・・・・

・・・・

・・・・

 

わかりましたか?

では、これを音痴ではないものに変えてもいいんですよ。

 

例えば

「わたしって整理整頓が苦手かも」

 

でもいい。

 

 

でも、整理整頓が苦手には「?」はつかないと思うんです。

ちなみに私もすごく整理整頓が苦手なんですよ。

 

できないんです。(きっぱり)

だって小さいころから苦手です。

 

 

そこに「集中」するともうだめ。

「なんで自分はこんなに整理整頓ができないの?だめだめ女の代表だ~~~」

くらいに落ち込んじゃうの。

 

でも、これは全然いいんですよ。だって自分でも

「私は整理整頓が苦手だ」と自分でわかってるんだもの。

しかもこうすればできる直せるとわかってても、、、できない(笑

 

自分でなんで苦手かわかってるんですよ私は。

ここには書かないけどね笑

(でも安心してくださいね。ちゃんと週に1回はいろいろと掃除してますからね~♡)

アインシュタインも片付けが超苦手だったらしいですよ。まあご参考までに。

アインシュタインの机の上

https://www.infotop.jp/auth/login

ピカソも???天才型????

 

・・・・ところがですよ。

 

音痴って、なかなか「自分で治し方わからない」んですよね。

違いますか?

なぜならばだ。

 

整理整頓は形に目で見て

住んでみて机の上でわかるが

 

声というのは形に残らないですぐに行き過ぎてしまう

一瞬だから。

 

おんなじ曲を歌っても

同じところでなんかずれてる。

直そうとおもうけどその部分が来てはすぐに過ぎ去る。

録音した後聞くとああ~~~まただ、、、となんだか落ち込む。

しまいには人から言われる。←これマックス落ち込むやつ。

 

などなど徐々に自分が音痴であることを

各方面から証明されていく、この恐ろしさ。

 

音痴かも?なんて悠長にいってる場合じゃなくなってくる。

歌うって趣味の範囲を超えると本当にジャッジが恐ろしい世界なんです。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

私は子供のころから歌が本当に好きで

いつも自転車に乗りながら大声で歌って

家の中でもいつも歌ってたんですね。

 

そうすると母親が

「雅子は音痴だから」

「雅子の声は、地声で汚い」

「雅子はソプラノの声がでないね」

などマイナス要素を延々言われ続けてきました。

 

こんなに歌が好きなのに、こんなにダメダメ言われている自分。

母親は合唱マニアでソプラノの美しい声の持ち主でした。

お化粧品を売ってるので、セールストークもうまい。

 

声はとてもきれいな女性。

 

そこから上から目線でこういわれ続けたら、、、

自信がつくわけないんですよね。

なぜにか親子なのに声は全然似てないんです。

 

 

それでもお芝居やミュージカルをやるなかで、

歌がいい、声がいい、堂々としてる、パフォーマンス力がある、歌って踊れるってすごい、

目立つ、歌手向き、などなどお褒めの言葉も言われるように

30代になってどんどんなってきたんですね。

 

そして、私は歌手になっていきました。

 

でもそうなってからも

「ん~~~~ここがどうも音程悪いな」と自分を思うことが多かったんです。

 

ほめてもらって歌手になったのにもかかわらず

音痴が治らない部分があることへのこの焦り、、、、、

 

でもわたしは歌うことは辞めませんでした。

実践しながらどうやったら音程がよくなるのかを試して試して

活動を続けました。声帯結節も常にわずらいながらも休まずに続けたんです。

 

そして、そんな中

ファドに出会ったんです。

 

今までやってきた音楽とファドは全く違う部分がありました。

 

それはマイクを使わないということ。

 

マイクをつかわずに自分の声を聴き続けることに時間をかけたことで

私の音程へのこだわりがますます強くなりました。

 

つまり、エコーなどでぜったいにごまかせないということです。

カラオケなんかで歌ってる方々にまずいいたいのは

 

マイク使わないで一曲まともに発声して音痴を治すことをチャレンジせよ。

これやらない限りいつまでも「エコーの井戸に守られた蛙」だよ、、と思うんです。

エコーの心地良さに気持ちよくなってお酒飲んで酔ってる場合じゃないんだよ。と

 

ほんと、ファドやって本当の音程をいやってほど知りましたからね。。。

 

 

そしてファドを歌いながら実際の自分の発声をマイクを使わない録音で何度も聞いて

素直に悪い部分を素直に改めていけるようになりました。

 

こんなことは、ラテンサルサ音楽をやってるようでは、決してできなかったと思います。

なぜなら大きなパーカッションや、大人数での演奏、大量のバック音の中で

マイクを最大に使って歌うサルサは、歌手ももちろん大事ですが全体のバンドとしての音量があります。

 

そことは真逆の

たったの二本のギターによるシンプルすぎる演奏。その前に立って

声そのもので勝負しなくてはならないファド。

 

ライブとなれば一回に15曲くらい

マイクなしで歌わないとならないこの修行僧のような音楽。

 

ただしそのギターはポルトガルにいくと、わかったのですが

 

超大音量でした。

日本でマイクを使って歌いつづけていた私にはこれはまさに驚きの境地でした。

 

「なにこの人たちのギターの音、マイクが内蔵でついてるんじゃないの???」って

おもったくらい、迫力が違うんです。

 

声のそれは何倍もの迫力で、

普通の生の声はその前にたつと消えてしまうのです。

ときにはギターやベースが6本もある前で歌うこともあったので、

わたしの声などかき消されていきました。

 

実はあるとき、この日本でポルトガル人のギタリストさんが弾いている前で歌っていた

ファドの方の声は、見事にアンプを通さないギター音量にかき消されているのも間近で見ました。

 

そこでわたしは考えました。

この大音量のギターよりも前に出る声って一体どんな声だろう

 

この考えがファドで宿ってから

私の強い地声のストレートボイスがどんどんと改良されていったのです。

 

そして

そうこうしているうちに、

音痴脱却の最初のきっかけが、やってきました。

 

それは

いつもよりずうっと格上の場所で歌わされるようになってきたということ。

 

ポルトガルのリスボンで誰も知り合いのいなかった私ですが

2012年にあこがれの大歌手レニータジェンティルから

名店の「O FAIA」で歌うように場を作られてしまったのです。

さらには、あこがれのクリスチアーノドゥソウザからも

名店の「Cafe Luso」で歌うように場を作られました。

3度目のリスボンから私は、各名店のカサデファドで

常に歌えるような流れがどんどんやってきたのです・・・・・・・・・・・・・

 

もう、絶対に音程の弱みから逃げれない。

 

私は必死で、自分史上最高のファドを歌いたいと心に決めて、

それから本気の音痴改良作戦に飛び込みました。

しかしこの女帝レニータとの出会いは音痴どころではない私のさらなる

弱みをどんどんと改良していくのです。

 

音痴は、声だけにあらず。

 

声だけじゃないんですよ。本当に。

 

まずは気持ちの持ち方や

歌に関しての丁寧な研究できっちりと克服できると徐々に私は学んでいったのです。

 

(続きます。

 

 

 

 

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ポルトガル大衆音楽ファドを歌い、南国の熱いキューバダンスを踊る。ラテン界のチャレンジャーMACHAKOこと、浅井雅子の日常をサウダーデいっぱいでお届けいたします。 長年にわたるキューバ・ポルトガル・スペイン滞在中の面白エピソードも満載です。皆様、是非ともこのメルマガでパワーチャージしてくださいね!

2 件のコメント

    • とっこさん。コメントありがとうございます!そうなんです。基本的に現地では100人レベルのお店でもマイクを使わないところもありますよ。それくらい腹式呼吸でストレートボイスをまっすぐに響かせます。心の叫びの歌を聴くと心が震えて涙が出ますよ。もちろんマイクを使う場合もありますが、その声量はまたすごいんです。「まずはマイクを使わない声を作ることが何よりも大事なんだな」と学びました。自分のストレートボイスを持つことです。ぜひ、私のライブにもお越しくださいね!待ってます♪

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    asaimasako

    MACHAKO(浅井雅子)です。ポルトガルの大衆音楽ファド(FADO)を歌っています。 行動力と溢れ出るパワーで生きています。フラメンコ・サンバ・サルサも大好きです。ギターとパーカッション命。好奇心いっぱいに生きてます。