切り売りのない愛

昨夜、知人の男性の進化を感じる記事を読んだ。
それはとある踊りのコンテストの結果で、
彼は予選を落ちていたのだが、
審査員から
これ以上ないなという賛辞を得ていた。

審査員の方の感想の書き方で、
私は、そこまでその審査員の方を存じ上げないが
とてもその芸術に精通された愛のある人だとわかる。
何十年も客観的にその芸術を見つめ続けてきた目が感じられる。

だからこそ平等に厳しくなる。

しかし

試合に負けても、
「今までやってきたことをここまで認められていることの方」がよほどに素晴らしい。

もし今私が彼だったら
これ以上ないなと思う
やってきたことへの喜びを自ら感じられるとわかる。

踊りもそうだし、歌もそうだし、
人が持ってるものが全部そこには出てしまうので、
隠すことは、誰も決してできない。

でも私が常に言いたい「まっすぐな声」に
その人が「すうっ」と現れる。
それと同じで
その踊りにもそれが現れる。

じゃあ、その華々しさを全部取っ払って
その時に、一体あなたは何ができるのか。


って言う視点で見た時に、残るものが彼には存分に元々あるなあって
ずうっと感じてきたので、本当に心から嬉しかった。

大事なことを忘れていなくてよかった。
と彼は言いました。

同時に
全く驚いたことだけど
神さまは、そことは全く正反対の方には、
つまり切り売りの愛を感じる場合があるという方向の方に
それなりのことを
与えていらした。

全く反対というのは
わたしから見たら、

「もう進化しないな」と感じるものが
ある場合のこと。それは感じ方人それぞれなんだろう。
でも「嘘がつけない部分」ってあると思ってる。

 

それは声ならばストレートボイスを聞けば明らかだし

踊りならばまずは、基本の思想かもしれない。

自分の引き寄せてしまう見つけてしまう
何かしらの直感が今強く働いているので、

物事の表と裏側にこれからも気をつけていこうと
思う。

 

神さまは見ている。
絶対に嘘は、かくせないんだよと。

それは、体から声から出るよと。

ただただ私が持っている目はまっすぐ。

私も、「そこ」を目指していかねばと
ファドに対しても、歌い方、声の出し方に関しても

「そこ」を見つめ続けていきたいと伝えたいと。

昨日の夜は正座をしてその結果を受け止める
ような気分でいられた。嬉しいこと。

進化が大事だ。
止まってはダメ。
それだけであると思う。
そしてそれをやっている。

進化は華々しさではないが、
強固に正しさを守り続けるだけでもない。

チャレンジだけでもなく、
やっぱり踊りなら一振り、
歌なら「声そのもの」に現れている。
わたしはだからストレートボイスにこだわる。

わたしはそれはまっすぐな愛だと思うんだ。

切り売りのない愛。

あとは普段の生き方。

嘘がない生き方。

究極それだけ。

 

自分に都合の良い方向がいいわけではない。

人を幸せにする芸術とは何かだと思う。

 

気づかせてくれてありがとう。

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ABOUTこの記事をかいた人

asaimasako

MACHAKO(浅井雅子)です。ポルトガルの大衆音楽ファド(FADO)を歌っています。 行動力と溢れ出るパワーで生きています。フラメンコ・サンバ・サルサも大好きです。ギターとパーカッション命。好奇心いっぱいに生きてます。