勉強したって歌えない。

生声で歌うファド活動を通して感じること。

歌っていうのは元祖、きっと口から自分を体全部裏返すくらいの

気持ちで自分をさらけ出すことであろうということ。

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だから普段の表情がとても大事。

だから今までの生き方がすごく大事。

だからいろいろな様々な人生経験が大事。

だから喜怒哀楽に富んだ人生が大事。

 

愛を叫ぶだけではないものが歌。

 

 

語学がうまいだけじゃどうにもならないのが歌。

 

 

勉強してできるようになった気になっているのは一番真逆の精神。

正しいことを学ぶことだけがが正しいとは決して言えない。

正しくないことの中にこそ真実がある。

 

つまりはいつまで何も知らなかった頃のピュアな精神でいられるか。それが声のもとになっている。

 

 

色々な考え方があると思いますが、いろいろある中で

「勉強をしたから歌えるようにはならない」と私は常々思っています。

あまのじゃくではなくて、本当にそう思うのです。

 

それよりずうっと大事なことは

わがままなくらいに日々を痛いくらいに瞬間を感じとること。

より多くの感情をため込む

マインドというか

心というか

コラソンというか

アルマというか

そういうものが敏感でかつ

常にそんな感情を求めて貪欲に生きていること。

それをため込んで大事にしておく。

歌うときにそれが爆発する。

歌うとき爆発している人は

きっとものすごく日々の感覚が研ぎ澄まされているのだと思う。

時々そんな人に出会うと私はこころから自分を反省する。

 

選ぶことばは人それぞれ。

五感にすぐれ、さらに第六感も働くことと言えるかもしれないと私は思う。

 

だけど本当にこれだけは言える

 

勉強したから歌えるようになったと思うのは

まったくもって大間違いだと。

 

以前キューバに通っていたころに言われた衝撃の一言はこれだ。

「マチャコ、キューバは素晴らしいミュージシャンに溢れていてみんな英才教育を受けている。だけどね。歌手だけは英才教育では生まれないんだよ。なぜなら歌手は道端から突然歌いながらやってくるものだから。歌手はほんとうに突然現れるんだ」

誰が言ったのかは忘れた。

 

けれどこんな衝撃的な言葉があるだろうか。

 

さらにポルトガルでファドを歌う中でこんなことを聞いた。

「ファドは習うものじゃない。ファドの声はもともと持って生まれている人しか与えられていない」

これも大きなショックを受けたがまったくポルトガルに行ってその通りだと感じた。

だってポルトガル語ができるからファドが歌えるというのは大間違いだからだ。

 

我々日本人が、全員日本の演歌が歌えるわけではないのと同じで、

テクニックだけではなくてやっぱり心と声質が大きいということは

間違いないだろう。

 

もちろんいろいろな意見があるし、人それぞれに考えたらいいこと。

そして大事なことは

結論は、自分に合った歌を選べばいいだけのこと。

 

だけど私はキューバとポルトガルというまったく正反対な国に何回もわたり

体感した中で

この二つの言葉が私に舞い降りたその意味を考えている。

 

そして歌は何よりも声である。

もともともっている声さえ鍛えたら、

声され強かったら、

どんな歌にも挑戦できるからである。

だから学ぶのなら声を学ぶのが一番と思うのだ。

声を学べばいいのだ。自分自身の

可能性を広げるためにも、

勉強ではなく歌が好きなら声の力を高めよう。

 

一生歌いたい、ずうっと歌いたい。死ぬまで歌いたいじゃないか!!

 

まず大事なものは机上の勉強ではない。

 

いつでもどこでも何歳までも

歌える声を自分を自信をもって鍛えることだと私は思う。

 

鋼のようなビロードのようなサルサの歌手のパワーは

20分を歌って踊るに値する能力をそなえ、体力に溢れている。

 

ストレートボイスを響かせて体全部で歌う、ファド歌手は

毎晩マイクを使わずに真向勝負をする、

 

今私が学んでいる河内音頭は20分の物語を暑い暑い夏のさなか、歌い上げて

踊り子さんを盛り上げる。

どれも本当に当たり前のマイク握ってドレス着て、きれいに歌う歌手たちではないのだ。

 

 

私が好きな歌は、どれもこれも

歌のパワーと、体力と、最後は

 

声のもつ持久力そのものだ。

 

だからその歌を歌いたいなら体力と声量を

きちんと余裕もって自分に備えることが長く続ける底辺なのだと思う。

 

お勉強は、机の上、そして

歌詞を見ながら歌うようなことにしかならない

歌詞をみながらその世界が表現できるわけがない。

お勉強で頭いっぱいになってるから自分の本質まで到底いかない。

 

歌詞を捨てろ。

そして自分をさらけ出せ。

今いる自分だけで勝負する気構えと精神。

歌手は、

本当にそこからしか生まれない。

そして声に出す。

いままでに聞いたことのない声を自分で知った瞬間。

歌の持つ本当の魔力がやってくると思う。

お勉強ではなく、歌を歌いたい。

 

いつも自分自身に問いかけている部分をシェアします。

 

 

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ポルトガル大衆音楽ファドを歌い、南国の熱いキューバダンスを踊る。ラテン界のチャレンジャーMACHAKOこと、浅井雅子の日常をサウダーデいっぱいでお届けいたします。 長年にわたるキューバ・ポルトガル・スペイン滞在中の面白エピソードも満載です。皆様、是非ともこのメルマガでパワーチャージしてくださいね!

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asaimasako

MACHAKO(浅井雅子)です。ポルトガルの大衆音楽ファド(FADO)を歌っています。 行動力と溢れ出るパワーで生きています。フラメンコ・サンバ・サルサも大好きです。ギターとパーカッション命。好奇心いっぱいに生きてます。