若いときよりも増えたもの

活力。

欲望。

達成感。

 

 

私は若いと言われる頃は実はここまで活動的じゃなかった。

ダンスを生まれて初めて22歳で習い始めてから

NYに行って、キューバにいって、最終的にはポルトガルに行って、

 

そういったことを一人でやっていきながら

本当に活発?行動的?な人間に変わっていった。

親は今でも言う

「お前、キューバ行ってから変わったよ、そんなんじゃなかった」と。

 

ある意味キューバであきらめたんだと思う、自分。

アジア人。何もかも守られてる日本人。

何の苦労もなく育ってきた環境。

 

ひとりで1999年キューバにいって身をひっくり返され、常識の範囲をとことん越えられ、コテンパンにされて、

それでも負けたくない、あきらめられないから、と食らいついて

泣いたり怒ったりして感情をいっぱい出して踊って生きた。

そうしないといられなかったし、我慢するのは辞めた。

その経験が、私を変えたんだと思う。

変えたというか

 

「本当の素」を引き出したんだと思う。

だから今は、私の底辺をつくってくれたNYやキューバでの

「たった一人での体験」がほんとうに大事に思える。

 

この2つにくらべるとポルトガルでの一人でのチャレンジは

そんなに大変だとは実は感じなかった。

 

たった一人でリスボンで交渉しながら毎夜ファドを歌ってたなんていうとみんなびっくりするし、

よくやれたね、と言われる。

たしかにポルトガル語もほとんどわからず、

初回からついた翌日から毎日歌い続けた。

けれどそういってくる人と私には大きな違いがある。

 

それは

 

「私はリスボンでファドを歌いたかった。歌いたくて歌いたくてもういてもたってもいられず、しょうがなかったのだ。」

ね、これが真実だったのだ。

だから我慢できずに行ってしまったのだよ。

ただそれだけだ。

 

だから「よくそんなことができるね」という方においては

できるできない以前に、

 

どうしてもやりたかったらやるでしょ?と言いたい。

 

考えてみたら

どうしてもNYでブロードウェー見たいから行く。

どうしても日本でのサルサレッスンに納得できないから行く。

どうしても現地で本物のファドに触れて歌いたいから行く。

 

単にそういうストレートな欲求を満たしてきただけ。

 

さらに人生も半ばとなり、私は

ストレートな欲求ほど、人生においてまっすぐ美しいものはないし、

人生において、面倒なことではないし、人生において無駄ではないと思っている。

 

こういうことに対して心を占めている対象物は要するにサウダーデである。

手を伸ばしても今も確実に届きはしない。

 

けれどいつになってもサウダーデ(あこがれの対象)を

思い描き、そこにむけてひたすらに努力する人間の姿って

めちゃ美しいと思うから。

飽きずに続けてどこにいても対象物を求めて。

 

自分もそうでいたいなと単純に素直に思うから。

 

これからも私は新しいチャレンジを続けるのです。

 

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ABOUTこの記事をかいた人

asaimasako

MACHAKO(浅井雅子)です。ポルトガルの大衆音楽ファド(FADO)を歌っています。 行動力と溢れ出るパワーで生きています。フラメンコ・サンバ・サルサも大好きです。ギターとパーカッション命。好奇心いっぱいに生きてます。