自分の出したい声を出したい。

こんばんは。

実は昨日の夜、わたしはものすごい感情の波にいました。

ベッドの中で、泣いていました。

 

悲しいからではありません。

何が原因かといえば、

それは自分は自分の歌いたいように

思ったように声を出して、ファドを歌いたい願望が爆発したからです。

 

感情がここまで爆発するのはあまりに久しぶりでした。

 

ファドに出会ったのは2007年、その後2008年は激動の年で

わたしは、悩みに悩んで、ずうっと日々悩み続けて、

ようやくファドを歌うことで救われた年でした。

 

あれからわたしは11年かけて

ファドを地道に歌い続けてきましたが

昨日ほど、強い感情が動いた日はありませんでした。

 

自分の声が出せるのはファドだけだと

本当に魂が叫んだんです。

 

こんなに自分はファドを歌いたいんだと思ったことはありません。

 

そしてわたしは一つの心を決めました。来年からまたわたしは一から

ファドをスタートさせていきたいと思いました。

 

その理由は、今は書きません。

 

実はわたしはこの11年でようやく得たものがとうとう見えたのです。

 

それはきっと

日本で歌う私。このわたしがファドだけではない

ものを学び日本で得た一つの手法です。

 

ここに気がつき始めたのは去年からですが

今、今日になり、

実は三時間部屋にこもってファドを練習したのですが

確信を持てました。

 

何より

わたし自身が

自分が出したい声を出したいし出したんです。

 

これがファドだと思うのです。

 

いっぱい悩んで生きてきました。

ここには書ききれない涙が流されました。

あの涙の数だけの、得られたものを感じています。

 

それはファドがなかったらきっと

出会えなかったし

悩みがなければ

得られませんでした。

 

すべてつながっています。

本当に運命です。

 

ファドを歌うというのは勉強ではない。

それだけは間違いなく感じています。

 

好き、とも違う。

では何か?

 

それは自分の人生に課された問題を

ファドを歌いながら解き明かし

そして癒しを得ていくということだと思うのです。

癒しって、簡単じゃないんです。

 

幸せになったならわたしはファドを歌うのでしょうか?

喜び?幸せ?

 

はい、歌うかもしれませんが

おそらくとても辛い歌は歌えなくなると思うんです。

 

だから今の状態を抱きしめたいのです。

 

こんな悲しく毎日泣いて過ごしてきた自分、十何年も

自分を認められずに何も自分に価値がないと思って過ごした日々。

それでもわたしはファドだけは歌ってきた。

 

何にもない自分がファドだけ歌えた事実。

その時間だけはわたし、とても自由だった。

ポルトガルでたった一人

誰も知り合いもいなくて毎日一人でさまよって

拾われた場所で歌いました。

それはとても居心地が良かった。

 

わたしはここに居ていいんだって思った。

 

自由な自由な時間はファドにしかなくて。

そんな幸せはファドを歌う時間にはあったんです。

それを大事にしたい。

 

もちろん嫌なことも

いじめみたいなことも

あれ?と思うこともあったし

 

でもいいんです。

だって歌えたんですから。

 

全く自分を認めたくなかったわたしが、どんな場所でその時は、歌えましたから。

 

それが事実

それがファド

それがポルトガル。

 

わたしはそんな自由な世界がやっぱり大事。

とても居心地がいい。

 

わたしはファディスタにこれからもなり続けたい。

 

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ポルトガル大衆音楽ファドを歌い、南国の熱いキューバダンスを踊る。ラテン界のチャレンジャーMACHAKOこと、浅井雅子の日常をサウダーデいっぱいでお届けいたします。 長年にわたるキューバ・ポルトガル・スペイン滞在中の面白エピソードも満載です。皆様、是非ともこのメルマガでパワーチャージしてくださいね!

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asaimasako

MACHAKO(浅井雅子)です。ポルトガルの大衆音楽ファド(FADO)を歌っています。 行動力と溢れ出るパワーで生きています。フラメンコ・サンバ・サルサも大好きです。ギターとパーカッション命。好奇心いっぱいに生きてます。